Cultural News 2010 April Issue Japanese Summary

カルチュラル・ニュース20104月号の日本語要約

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「強制収用所時代の日本文化の継承」公演、4月24日、リトル・トウキョウ米国高野山別院で (P1, 2)

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第二次世界大戦中、アメリカでは約11万人の日本人が砂漠の中に作られた強制収用所10カ所に集められて、生活することを強いられた。その厳しい環境の中で、長唄、三味線、琴、琵琶、日本舞踊、いけばな、茶道、日本語など、日本の伝統文化が若い世代に伝えられていた。

北カリフォルニアで琴演奏家として活躍しているシャーリー・カズヨ・ムラモトは、2008年にサンフランシスコで、収容所で実際に日本伝統芸能を教えていた人たちを集めて「強制収容所時代の日本文化の継承」公演を行っている。今回、リトル・トウキョウの高野山別院での公演は、UCLAアジア系アメリカ人研究センターのレイン・ヒラバヤシ教授が呼びかけたもので、ロサンゼルスの日米文化会館、高野山別院、ヒラバヤシ教授、ムラモトの協力で実現することになった。

4月24日は、午後3時から、収容所で伝統芸能を教えていた、日本舞踊(坂東三津佐、ツールレーク収容所、藤間レイユキ、ミネドカ収容所)琵琶(木村ホクニン・キョクト、マンザナ収容所)盆踊り(花柳レイミチ、アマチ収容所)の師匠が実演を行い、午後4時からカリフォルニア大学バークレー校アジア系アメリカ人研究のジェレ・タカハシ講師が司会をして、師匠たちの討論会が行われる。入場料は寄付20ドル。申し込みは日米文化会館のギャビン・ケリーまで。

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◎クラーク日本美術・文化・研究センターの新展示「図案:20世紀初頭、日本の近代デザイン」4月24日から7月31日まで(P1, 5)

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ハンフォードのクラーク・センターで4月24日から始まる新展示は、20世紀初頭の日本の芸術家たちが、当時、追求していたモダン感覚とは、どんなものだったのかを紹介する。

展示の中心となるのは、西洋から紹介された新技法と日本の伝統技法を融合させた作家、橋口五葉(1880-1921) 竹久夢二(1884-1934) 神坂雪佳(1866-1942)の3人の作品。1900年から1930年代の作品が展示される。五葉は、東京美術学校西洋画科を卒業、夏目漱石の本の装丁で有名になるが、その後、浮世絵の技法を追及した作家。雪佳は、琳派の伝統と現代的表現を融合させた作品を作り上げた。夢二は、日本のグラフィック・デザイナーの草分けと言える存在で、現在の日本でも人気が続いている。

展示作品は、クラークセンターの所蔵品と、アムステルダムの「日本の版画」美術館からの五葉、夢二の作品が出展されている。

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◎着物の写真(サンタバーバラのウエストモント大学では3月6日に第一回の「日本ファミリー・フェスティバル:芸術と文化の祭典」が行われた。プログラムとして着物コンサルタント芥川婦身さんによる着物ファッションショーが行われた。写真はウエストモント大学の提供)

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◎トーレンスで30年前に行われていた日本文化紹介「クロス・カルチャー・プログラム」(P1,5)

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カルュラル・ニュースは3月号で、ロサンゼルス市内の私立学校ピルグリム・スクールで1月の初め1週間にわたって行われた日本文化紹介プログラム「ゴールデン・ウィーク」の記事を掲載した。しかし、一般のアメリカの学校で、全校規模で日本文化紹介が行われたのは、これが初めてではなかった。今から30年前に、トーレンス学校区の小学4年生全員を対象にした2週間にわたる「クロス・カルチャー・プログラム」が行われていた。カルチュラル・ニュースは、この日本紹介プログラムを実行することに貢献したミコ・ハゴット・ヘンソン(日本名=有本美佐子)さんにインタビューした。

ミコさんが、アメリカに来たきっかけは、後に夫となるトーレンス在住のベン・ハゴットさんと1963年に東京で出会ったことだった。ベンさんは自宅に英語学校を開設して、日本から学生を呼んだが、第一回のクラスはミコさんが日本で集めたひとたちだった。

結婚してトーレンスに住むことになったミコさんは、1970年代に日本企業が派遣した多くの駐在員家族と出会い、アメリカ生活への適用の援助をするようになる。トーレンス市図書館の中に日本書籍のコーナーを作ることもかけあった。

「クロス・カルチャー・プログラム」は1980年4月14日から25日まで、トーレンス学校区内の小学4年生全員を対象に行われ、2週間の期間中、各学校はスクールバスで、生徒をジョスリン・アート・センターに送った。

プログラムは、書道、食べ物、踊り、算数、日本の部屋の5つのテーマに分けられていた。生徒はそれぞれのコーナーで、日本のやり方を体験した。2ページの写真は算数コーナーで、ミコさんがそろばんの使い方を説明しているところ。日本の部屋コーナーでは、床の間を作り、箪笥、炬燵、火鉢、下駄箱を置いたり、生徒に布団で寝ることを体験させた。

また、夕方には、同じ会場で、大人を対象の、お茶のお手前、琴コンサート、民謡コンサートなど日本文化紹介を行い、小学生ばかりでなく、地域全体に日本文化を紹介することを試みている。当時のアメリカ人にとっては、めずらしかった寿司を作って、実際に食べてもらった。

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◎第6回のジャパン・フィルム・フェスティバル・ロサンゼルス、4月に3カ所の映画館を回り、日本映画を公開(P3)

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2003年に「茶の間フィルム・フェスティバル」で始まり、2008年に現在の名称になった日本映画祭。4月10、11日はハリウッドのニュー・ビバリー・シネマ、4月17、18日はトーレンスのナカノ・シアター、4月24、25日はアーバインのスタープレックス・シネマで上映する。招待作品は「ラーメン・ガール」「ヤッターマン」「パコと魔法の絵本」「光彩の奇跡」「さくら、さくら」「サイドウエイズ」「つむじ風食堂の夜」など。コンペティション部門の上映は「あぜみちジャンピンッ!」「タケオ」「ザ・ヒロサキ・プレーヤーズ」(3本とも4月10日午後9時から)。

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◎裏千家ロサンゼルス淡交会の松本宗静(本名・静江)さんが、京都本部で「茶道文化賞」を受賞(P4)

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裏千家本部の今日庵、と裏千家淡交会は、第8回「茶道文化賞」の授賞式を2月26日に京都で行ったが3人の受賞者の中に、ロサンゼルス淡交会の松本さんが選ばれた。松本さんは今年、90歳。ハワイ生まれで、第二次大戦前、京都の今日庵で茶道の勉強をした。戦後ロサンゼルスで淡交会支部を発足させ、現在は約300人の門弟を持っている。写真は第15代家元の千宗室(せん・げんしつ、左)と松本さん。

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◎桂離宮の写真展、4月30日から5月21日まで、UCLA建築学部ホールで(P4)

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サンフランシスコ生まれで、高知で育ち、戦前に再びアメリカに渡り、収容所を経て、シカゴで写真を学んだのち、日本に戻った写真家・石元泰博による桂離宮の写真展。石元は現在89歳。写真展は、3月31日から4月18日まで、サンフランシスコを巡回して、ロサンゼルスに来る。国際交流基金とサンフランシスコ総領事館の共催。

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◎長野県諏訪の「御柱祭り」の写真の紹介(P4)

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今年の4月5月は、6年に一回行われる「御柱祭り」行われる年。松本市の百瀬高子さんの斡旋で、写真は信州市民新聞社の提供。

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◎「招き猫」の絵本で有名になった関サニーさんが「河童」の絵本をタトルから出版(P5)

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タイトルは「古い日本の最後の河童」。4月から5月にかけての日本文化イベントでサイン会を行う。

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◎神浦元彰の日本レポート「在沖縄・米海兵隊基地のグアム移転に日本が財政援助をする本当の理由」(P7)

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沖縄にある米海兵隊の普天間飛行場の移転先をめぐって日本では、まだ大騒ぎが続いている。

普天間基地は、市街地の真ん中にあり、この飛行場の危険性は、常に指摘されていた。それが、米軍がグアムに海兵隊の拠点を移転させることを決めたことで、普天間飛行場の移転計画が持ち上がった。しかし、米海兵隊は、普天間飛行場の機能を日本国内の別の場所に移すことを、日本政府に求めた。

そして、このとき、米軍による米自治領(グアム)での基地建設を、日本政府が財政支援するという、日本にとって前例のない決定が行われた。米軍も外国政府から国内の基地建設に財政援助を受けるのは初めてのことだ。

グアム海兵隊の移転費用総額103億ドルのうち、日本政府は61億ドルを負担する。司令部庁舎や隊舎建設のために28億ドルを支払い、軍人家族住宅や道路・水道・電気などインフラ整備に33億ドルを融資・出資する。

日本が米軍に異例の財政援助を行うためには、口実が必要だった。それは沖縄の基地負担を減らすために、在沖海兵隊にグアムへ移転してもらうという構図である。

米海兵隊は世界中のどこにでも真っ先に駆けつけ、救助し、戦う、米軍の精鋭部隊である。そのため、航空機や艦船など、高い機動性を有している。グアムに沖縄の戦闘部隊が移駐するなら、普天間基地や岩国基地の海兵航空隊や、佐世保の海兵艦船はグアムに移転するのが軍事常識である。

にもかかわらず、在沖海兵隊の基地移転は、あくまで日本の都合で出て行って頂く。そのため日本政府はグアム新基地の費用を財政支援すると説明がされているのだ。

しかし日本側の本当の事情は、グアムの新基地建設工事を日本企業に受注させることだ。日本の税金を使ってグアムに米軍基地を建設させ、その計画の一部工事を日本企業が受注すれば、日本の政治家と官僚は新たな「基地利権」を手にすることになる。

(了)